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*2006/1/22 「情熱大陸」 report.5*
篠原涼子 マネージャー ナレーター
(at 新宿 富久町)
ナ:新宿は群馬から上京した篠原涼子が初めて住んだ街。
涼:あそこにセブンイレブンがあったんだけどそれまでなくなっちゃったね。
すっごい久しぶりだなぁ、来るの。
ナ:芸能プロダクションのオーディションに合格し、安アパートに住んでアルバイトをしながらレッスンを積んだ。
涼:新しい家が建っちゃってる・・・
ボロボロのアパートだったから「もう無理」って言われて壊されちゃったのかな。
うん、ここですね。
ないね~、もう。悲しいね、ないのが。
ここが2回のアパートですごい木造で。
毎回毎回夏になるとゴキブリが出てきて、上に住んでたのが・・・
まぁこのころおすし屋さんで働いてたんだけど、一緒に働かせてもらってたところのお店の従業員の方に「金子さん」って方がいて。
金子さんどこいっちゃったんだろうねぇ。
で金子さんがいて、ゴキブリが出たら「金子さん!!」って。いつも退治してもらって。
ナ:芸能界デビューは16歳。
東京パフォーマンスドールの一員としてだった。
だか篠原自身はずっとソロアーティストに憧れていたという。
デビュー4年目で小室哲哉とジョイントし、「恋しさとせつなさと心強さと」がセールス200万枚を超えて大ブレイク。
小室とのユニットで次々とヒットが生まれ、彼女を取り巻く状況は一変した。
涼:腰抜かしましたね、みんな。
そんなに誰も売れると思ってなかったみたいで。みんなびっくりしました。
それは嬉しくって、ホントにもう飛び跳ねるくらい嬉しかったけど、長続きはしないなっていうのは自分で感じてた。
だって自分の実力じゃないですからね。
やっぱり小室さんの力ですよね。
ナ:やがて彼女は小室ファミリーから離れる。
案の定一人になったことでCDセールスは低迷した。
涼:小室さんといたときは数字は落ちなかったんですよ。
一緒にいると大丈夫って言うか。
離れたときにガクッって落ちるから、あぁこれが私のラインっていうか実力なのかなって思いましたよね。
でもそれはもうハッキリ気持ちがいいくらいだったんで、全然もう。
あまりにすごいことだから割り切って考えられるようになった。
ナ:「田舎に帰ろう」。真剣に思った時期もある。
だがバラエティ番組で飾らないキャラがウケ、ドラマでも存在感が光った。
今度は一人で成功へのステップを上り続けている。
(at 五反田)
ナ:映画のアフレコ現場にかけつけたとき、彼女は風邪を引いていた。
スタッフ:それにしてもすごい鼻声だね。
涼:そうなんです。ちょっと鼻声がね・・・
ナ:収録できたのは短いセリフだけ。残りは後日改めて。
スタッフに迷惑をかけてしまったことが篠原の心を曇らせる。
相手の落胆や苛立ちを吸い取るように彼女はスタッフの言葉に耳を傾けていた。
どこまでも気遣いの人。
【疲れませんか?】
涼:気遣ってるっていうよりやっぱり、それなりにあるじゃないですか。
だから「疲れます?」って逆に聞きたいし、「そりゃ疲れるよ」ってなるし、私も疲れるときは疲れる。
ただ気遣う人ってたぶん、それが楽なんじゃないでしょうかね?
気遣ってることが。
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